第3話 タダ飯パラサイト、ニート発狂事件(未完成)

我輩は通信制高等学校を卒業したのち、自室にお引き篭もり申し上げた。

形だけでは学生を演じてきた我輩であったが、高校を卒業すると同時に、他人に公言すべき身分を喪失してしまった。

通常ならば、高卒後、大学に進学し大学生という身分を行使して人生を謳歌するか、若しくは、どこかに就職して社会人としての道を歩み始める。我輩は、大学に通うほど勉強なんつーものは絶対にしたくないと思っていたし、かといって無能自堕落の典型となした自分を社会の荒波に放り出すなぞ検討すらしなかった。

我輩は大学生にも社会人にもなれなかったのだ。

こうして、暗然なる日々を過ごすためにただ呼吸するのみの人生の、始まり始まりである。

不自由の自由および自由の苦痛

完全社会的身分喪失者ニートとしての自分を後ろめたいと思ったのだろう、我輩は何かに挑戦することは決してせず、身を外部から完全に遮断して、一人孤独に生きることを常とした。

高校生の頃の我輩は、真性ぼっちへの墜下ついかを恐れたがあまり、他人の顔色を観察することを生業なりわいとしていた。

が、この時には既に、真性ぼっちより悪性な、友人及び恋人のみならず社会的身分すら持たざる完全究極体ぼっち1)ぼっち世界ではぼっちを三つの段階で区別されている。その段階は、通常、キョロ充→真性ぼっち→完全究極体ぼっちに発展すると考えられている。キョロ充は、内面上に生ずる虚無感に苦しめられるが、他人からは友達がいるように見えるので、一応の尊厳と体面を保てる。真性ぼっちは、他人から孤独者と認定されて憐憫なる同情を多く受けるが、社会的身分を有するためにしたがって、友人及び恋人を獲得する機会を有する。又、後ろ指を指される経験を積むに従って、精神鍛錬が無意識に繰り返され、頑強なるメンタリティを獲得することが可能である。最期の完全究極体ぼっちは実に悲惨である。自信の喪失から発生するメンタル・ブロックと呼ばれる分厚き壁が、当人に通常注がれるであろう社会の光を完全遮蔽するの悪業を担い、暗闇を暗黒たる漆黒に染めに染め、人の出会い等の僥倖的境遇の機会すら認められず、成長をせぬままただひたすら歳を取り続ける。無対策のまま月日が経過すると孤独死が待っている。へと成り下がっていた。

我輩は非常に愚蒙であったため、このような生活に対して、最初はちっともツラいと思わなかった。というよりもむしろ、社会的身分たる束縛から逃れ得た完全なる自由人として歓喜に満ちていた。

しかしながら、世の中は面白いものである。自由はただの苦痛に感じてくる。

社会の縛りによって生じる不自由から、初めて人間は自由を感取かんしゅできるのだ。蒙昧なる人間を広大な“自由”へ放り出してやっても、彼はすぐに途方に暮れて不自由を求めてくる。

我輩は自由を苦痛に感じ始めてから、会社の飼い犬になる生活も存外悪くないのではと考え始めた。とはいえ、結局、我輩は責任から解放された自由という名の世界に甘んじること久しかった。

自由に甘んじれば甘んじるほど、不自由に耐えられる能力が日に日に減衰していったのがよくわかった。

不自由の世界の住人が、自由の世界に行くためには、肩書きを捨てるだけで充分である。一方、自由の世界の住人が、不自由の世界に行くためには、矜持プライドを捨て、侮蔑される覚悟を持ち、百戦錬磨の社会人と闘わねばならない。

当時の我輩がもう少し利巧な人間ならば、あのような莫大な自由を資源として利用し、価値ある何かを生産できたやもしれない。当時の我輩ができることといえば、暇つぶしにゲームをすることしかなかった。

したいゲームをトコトンやり尽くしても、永遠に時間が迫ってくる。

死ぬまであと何時間過ごさねばならぬのだろう。ベッドで仰向けになりながら天井の木目模様

不自由の自由という類義語に、自由の苦痛という言葉を

アルバイトでもすれば良いものを、安い時給にやる気が湧昇ゆうしょうせず、

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1. ぼっち世界ではぼっちを三つの段階で区別されている。その段階は、通常、キョロ充→真性ぼっち→完全究極体ぼっちに発展すると考えられている。キョロ充は、内面上に生ずる虚無感に苦しめられるが、他人からは友達がいるように見えるので、一応の尊厳と体面を保てる。真性ぼっちは、他人から孤独者と認定されて憐憫なる同情を多く受けるが、社会的身分を有するためにしたがって、友人及び恋人を獲得する機会を有する。又、後ろ指を指される経験を積むに従って、精神鍛錬が無意識に繰り返され、頑強なるメンタリティを獲得することが可能である。最期の完全究極体ぼっちは実に悲惨である。自信の喪失から発生するメンタル・ブロックと呼ばれる分厚き壁が、当人に通常注がれるであろう社会の光を完全遮蔽するの悪業を担い、暗闇を暗黒たる漆黒に染めに染め、人の出会い等の僥倖的境遇の機会すら認められず、成長をせぬままただひたすら歳を取り続ける。無対策のまま月日が経過すると孤独死が待っている。