我輩は非正規である(ベンチャー企業でのアルバイト体験談 第1話)
我輩が有する、アルプス山脈の如く屹立するプライドの高さは、もはやギネスブックに認定される程度である。
我輩のお仕事とは?
我輩のお仕事はメールのカスタマーサポート勤務である。この仕事について説明しよう。
客どもによる言葉足らざる稚拙な文章から文脈を最大限の類推を尽くして熟考したのち、模範文とその加筆・修正した独自の文を混成させた応答を、電子郵便を介して彼らに送りつける業務。
忌々しき教育係とご対面
客に対する回答のほとんどは、必要に応じて改変を施したテンプレートである。しかし問題は、この改変の仕方が教育係と意見を異にしたことだ。
我輩は入ってすぐに、汚いヒゲをお洒落と称して生え散らかした同年齢の吉川1)吉川は仮名です。という男を師匠として仰ぐよう言い付けられた。
聞くところによれば彼は入って2週間程度であって、業務に関してエキスパートとは程遠い。
2週間先輩だからといって、ライターとして稼いだ経験がある我輩なのだから、我輩の日本語能力は大して彼と劣らないだろう。
それに、我々は大人だ。文脈があっていれば細かい言葉尻をとってマウントをとるようなことがあるはず…あるんだなこれが。
恣意的な日本語添削教室
無礼かつ不躾で、ぞんざいな物言いでカスタマーサポート業務をやるべきでない。お客神様おもてなし国家のこの国で、丁寧な言葉遣いが大事なのは言うまでもない。それ故に、我輩が作成した応答文を客に送信する前に、吉川がそれを読んで赤入れすることはなんら不思議ではない。
我輩はお問い合せ内容の返答を書いて吉川に見せる。吉川は添削する。我輩はイラつく。返答を書く。見せる。添削する。イラつく。書いて見せて添削してイラつく。そしてイラつく。
イラつく
イラつく
イラつく!!!
なにがイラつくのか?たしかに、我が文章がアホの手によって強姦されることはワガママとっつぁん坊やの我輩にとってあまりにプライドが許さないことだ。だが、理由はそれだけじゃない。
添削が理不尽なのだ。
同じ意味でも吉川の気に入らない表現が一つでもあるとすべて改変される。
誤字・脱字や論理的な誤りを指摘するのではなく、完全に文脈とは関係ない重箱の隅をつついて吉川ナイズにされるのだ。
悪質な言葉狩りの数々
気持ちはわかるのだ。他人の文章をいざ添削してやろうと思うと、全てが気になり始め、俺ならこう書くのになぁ、というキモチがな!
だが、文章には誰でもクセがあり、それを自分好みに細かく改変するのは本質的ではない。こちらはユーザーをサポートすることが主たる目標であって、誰かの文章のクセを真似ることではない。
1. 許容範囲の脱字を許さない
例えば、「購入者と出品者双方が」→「購入者と出品者の双方が」などだ。以下の引用文を見ても、我輩の語句の使い方は誤りと言えるのだろうか?
2. 比較的自由性の高いところを制限する
読点の位置や説明の順番など、通常、書き手に委ねられている言語の自由が厳しく弾圧される。
例えば、「先程は誤ったご案内を致しました。大変申し訳ございませんでした。」→「先程は誤ったご案内をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。」
添削後の文章のほうがスムーズで良いと考える人もいるだろう。しかし、文脈を考えるとそうとは限らない。添削前の文章は、誤った案内を送信された事実を知らない客に送る文章だ
まずは、「誤ったご案内をした」という事実を伝え、それから謝るのが筋ってもんだ。個人的は、添削前の文章だと、誤った案内に激怒している客に送る文章にみえる。
どちらにせよ、「誤ったご案内をしてしまい、お詫び申し上げたい」という事実が伝わればそれで良い。こんなの個人個人の書き方がある。
なんで我輩は吉川が満足する書き方じゃないといけない?非常にムカツいているあのクソヒゲ引きちぎるぞ。
3. もはや意味不明な添削
例えば「何卒宜しくお願い致します。」→「何卒よろしくお願いします。」
はああああああああああああ????
「宜しく」が「よろしく」に、「致します」が「します」にする必要があるんだ?
勘の良い人のなかで「会社が同じ文言で統一しているのでは?」と穿っちゃう者も出てくるだろう。残念ながらそんなものはない。
大量のテンプレートの中には色んな表現が散りばめられており、むしろ社長自らが作成したテンプレートには「よろしくお願い致します」となっているのだ!!!
この文章書いてるだけでだんだん腹が立ってきた。
思わず、嫌味が漏れる
小さなベンチャー企業だ。敵を作ったら延々に居づらい。ワケがわからんと思いながら嫌われたくない一心で、気狂いの沙汰とも言うべき謎の添削指導を愛想笑いで我慢してきたが、「お願い致します」→「お願いします」に直されたときについに我慢できなくなってしまった。
「いやー、何が違うんすかね(笑)」
やってしまった。
我輩はいま、友はいない、恋人はいない、金も名誉も未来ない。親に嫌われ、いま同僚に嫌われる寸前である。
心の中でわかっているのだ。人間として生まれた以上、嫌な奴に作り笑いをし、頭を下げなければならん。むしろ、それが、人間の最大の仕事かもしれない。
だけど我輩はその仕事が一番苦手なのだ。自分を殺してへらへら面白くない連中とつるんでた、あの、ツマラナイ、ツマラナイ高校生活を送っていた時代を、ふと思い出してしまう。
人間は、家族のためなら、友のためなら、恋人のためなら、人生のためなら、自分のためなら、どんなに辛い状況も笑うことができる、らしい。
だが、我輩は非人間である。
愛想は無い。
ややもすると、あそこで我慢していたならば、みなと一緒の人間になれたやもしれない。でも、その先に待っているのは大して面白くない世界だと思っている。
綺麗事臭がして、自己正当的で、自分勝手な言い方で、日本人的には絶対に好まれない言い訳を今から申し上げたい。
我輩は、我輩のまま、生きてみたいのだ。
注釈記号(例えば、1)、2)等)をクリックすると注釈に飛びます。注釈の矢印(↑)をクリックすると、注釈記号のある場所に戻ります。マジで便利すぎ。
References
1. | ↑ | 吉川は仮名です。 |