算数および数学あるある 計算ミス編

難解なる数学的課題現出す。

我輩、作問者の求むる枢軸を把捉し、解くべき理屈を用紙に整頓す。

難解なる立式を施し、小気味よく計算を処理せんとす。その過程における計算、複雑極めんこと多かるべし。無闇矢鱈になおざりに解くは、屈辱的悲傷を誘発せし計算過失ぞ発生す。それ故に、我輩、その時分に於いては、大変慎重を期して、極めてご丁寧に過失せんことを欲し、めいめいの計算を愛撫するが如く対応す。

分数やルートたる何ぴとも解けらるる基礎的要素たるが多様に組み合わせらると、計算の途中でけだるき嫌気が我が心うちに暗躍す。手首が悲鳴を上げる頃合い、悪魔のささやきが脳内に反芻さるる。

此処は立式せず、暗算してもええんちゃうか?

しかしながら、ながらしかしである。ここで一毫にも油断の影をよぎらしてしまうと、計算過失の発生及びそれに付随する自尊心の損傷を背景とした心的外傷後ストレスを激発する可能性を高めてしまう。

従つて、我輩は責務を――即ち、是が非でも非が是でも計算過失を発生せざらしむ的責務を――抛つことはせん。安楽求めていたずらにも御座なり的計算処理に甘んぜず、数字に執拗に愛撫を重ねるのである。

愛撫とは、即ち簡明に見ゆる初歩的計算に対してをも、我が処理に誤謬有りと断定して異常なる猜疑心で心臓を圧迫させる行為を指す。言ふまでも無きが、斯くは莫大なる糖分を消費し、信じ得ぬ程の巨大なる疲労を産し、寿命を縮めんとする大苦行なり。

あだびとはきつと、以上の苦行に意味あらんやとこそ問ふべけれ。確かに凡人の目には気が狂つた心構えに見ゆるかもしれん。しかしながらである。我輩は余りにも厳峻に聳ゆアルプス的矜持の山巓におる。

従つて、園児が出来得る処理一つに整合性の欠如があれば、そいつがいくら取るに足らん小さき欠如に見えようと、御山の頂上から真っ逆さまに転落して谷底で死亡するなる重大なる過失ぞなる。

斯くして我輩、計算を終えて一息をつく間も無く、刹那に解答を確認せし。最期の足し算で重大な誤り有り。我輩、ふて寝す。

世界観に係る基本方針

芝増上寺初御成ノ図

当サイトの節々に漂う馥郁ふくいくなる中二病の薫りは、他人あだびとが照覧すると、おごる小わっぱによる需要無き手慰みとしか見えぬらしいが、しかしながら、それと同時に、一部の偏向者にとつては燦爛さんらんなる電子的媒体経由型創造物コンテンツと成り得る潜在的能力を秘めていると感ずる。

その力を、最大限かつ能率的に、そして並びに、全世界又は全地球又は全宇宙的に発揮するために、まさに読者諸氏に、快活なる感動及び忘我なる激奮を与へんと決意を果たして立ち上がつた我輩が、我輩の、我輩のための、我輩による、「我輩はクズである」を創立したのであつた。

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満員電車よりも苦痛なるものは莫なし(未完成)

我輩が憎きものは枚挙にいとま無きものを、殊更ことさらに憎きものは満員電車と言ふべし。

満員電車とは非健康的で非文化的な最低な状況1)憲法には生存権たるものが存在する。この権利は、全ての人間に、健康で文化的な最低限度の生活を送る権利があると保証する。しかしながら、満員電車に揺られる社会人は、言うまでもなく健康でもないし文化的でもない。

満員電車とは、とりわけ風流ともくされる東京人という物好きなる生き物が、わざわざ社会の歯輪しりんとなりて、大航海時代以降の奴隷船の船員も魂消たまげる程度の窮屈さを以ってして、互いにパーソナル・スペースを侵害し合い、溜息を吐き、鬱屈した表情を浮かべ、時には領域死守を掲げて互いに争闘を繰り広げる様な、非常に非人間的な電車内の状況のことである。

世の中たるは確かに好まざる事限り無く存在し、辟易することに間断は無い。しかしながら満員電車たるは、さまざまな側面において厳峻げんしゅんそびゆ不利点が赤条条に露見される。此れ等のことは東京に家宅を持てば何ぴとも理解し得ることである。

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References   [ + ]

1. 憲法には生存権たるものが存在する。この権利は、全ての人間に、健康で文化的な最低限度の生活を送る権利があると保証する。しかしながら、満員電車に揺られる社会人は、言うまでもなく健康でもないし文化的でもない。