Quunyに聞け!定年退職後はパターゴルフに盆栽?いいえ、今の時代はITです〈フリーランス〉

自分の‘好き’を追求する、オトナな生き方


フリーランスのQuuny、何でもやります

サイト作りにボイストレーニング?面白い生き方ココにあります!
サイト:スキルの情報発信Quuny

嗚呼あぁ、高齢化社会…

我輩は定年退職後の生活というワードに余りポジティブな意味合いを感じ取れん。例えば、暇をつぶすために老人たちが公園の隅でパターゴルフをしたり、YAHOO知恵袋で若者を説教したりを第一に想像してしまう。これはきっと、日本の深刻なる高齢化に付随する負のイメージかもしれん。

高齢社会をポジティブに捉えるために、
ITを利用してみようではないか。

我々はいま、インターネッツ1)インターネッツとは、「インターネット」をオモシロ可愛く言った表現。2chと呼ばれる巨大匿名掲示板で「ここは酷いインターネッツですね」という言葉が成立した。に囲まれて生活しておる。このインターネッツは、様々なモノゴトを可能にした。知らない人と偉大なるコミュニケーションを交わしたり、塾に通えない貧しい子どもたちに知恵を与えた。そんな燦爛さんらんなる現代文化「インターネッツ」を利用しない生活、すなわちITの利便性やオモシロさを利用しない生活たるは、非常に損益である。


一体どのようにして定年退職後の生活で
ITを利用すればよいのか?

その参考になるのが、 Quuny(クーニー) 氏の生活だ。

彼は会社をリストラされて窮地に陥ったときに、「フリーランス2)フリーランスとは、特定の組織、特に民間企業や機関に属さないで、個人が独立して商業を営む人々またはその職業形態を指す。自由業者、自由業職とも言われる。」という世界に足を踏み入れた。その時、定年間際だったという。

現在、彼は御歳おんとし65歳になる。今回の記事ではそんな、いくつになっても新世界に挑戦する、明るく楽しそうなThe Life of Quunyをご紹介したい。

Quunyとは

本名を福田邦夫を称する、1953年生まれの耳順なるリモートワーカー。様々な挫折を経験するも、風見草の如く困難を退けて、新世界に順応してきた。オーディオからパソコンといった、器用にも多種なる技術を有する多芸的エンジニアであって、サイト内で多様なるサービスを展開している。

Quuny氏は以下のサービスを展開している。フリーランスは平成生まれのゆとりの専売特許ではない。

Quuny氏の守備範囲の広さ

動画編集サービス
依頼者を喜ばせる小さなサプライズ的編集がウリ。
ライブの動画などを作成。

サイト制作サービス
依頼者のサイト作りをしっかりサポート。

パソコン・オーディオエンジニア全般
壊れた部分がわからない?何を買えばいいんだろう?
Quuny氏に相談すれば解決できるかも。

癒し毛筆サービス
お気に入りの俳句や自作の短歌の文字化や
結納の際の家族書といった実務的な文字の作成をしています。

ボイストレーニングのマニュアル配布
後述するがQuuny氏は稚拙な歌唱力から努力を重ね、ついに
人さまの前に歌えるようになった。その方法論は必見だ。

先生にもなります!
パソコン講師やマナー指導者としての依頼が来るそうだ。
出来る業種が幅広くて驚く。

各種お困り事解決サービス
これも後述するが、Quuny氏は英語やゴルフもできる。
サイトの英語化やカスタムクラブの販売も行なっているのだ。

タクサン技術持てるんだね…


Quuny氏の波乱なる歴史

いかにしてQuuny氏はかくの如き多様なる技術を身につけたというのか。

物事の内幕を把握するためにはその人物の歴史を推察するが宜しい。歴史の勉強の大切さというのは、なにもナポレオンにのみ当てはまるわけではない。

むしろ、我々によく似たフツウな人の歴史を見ることの方が、かえって勉強になるものだ。

昭和35年、小倉祇園での集合写真(左端の手前の男児がQunny氏)


第一の挫折


小学五年生の時分のことである。Quuny氏は、当時オリンピックで活躍していた体操選手3)Quuny氏が憧れていたオリンピック選手の名は遠藤えんどう幸雄ゆきおである。日本人選手として初の個人総合優勝を果たした英雄である。を憧憬していた。

Quuny氏は彼の栄光を追いかけて、公園の砂場でバク転に明け暮れた。努力の結果、地区大会で優勝を果たし、「日体大4)日体大とは、日本体育大学の省略で、体育専門の私立大学。同大学の有名な卒業生として、金メダル3個含む計7個のメダルを獲得した日本の体操オリンピック選手の内村航平が挙げられる。に行けるのではないのか?」と居丈高になったQuuny氏。

んだが、すぐさま夢想は瓦解の音をあげる。

郡大会5)郡とは、明治から大正にかけて日本で実施された府県の下位に位置する地方区分のこと。現在も、人口が少ない都道府県において、小規模の町村がまとまって「郡」単位でゴミ焼却場といった公共施設の運営が行われている。また、人口希薄な地域で開催されるスポーツ大会では「郡大会」が開催される。に参加していた選手の体操を見て、Quuny氏は以下一言を呟いたという。

レベル違いすぎてワロタ

その後、Quuny氏は運に恵まれず、小さな挫折を繰り返す。軽微な色覚異常6)色覚異常とは、色を判別する色細胞が一般の人より少なかったりして、色覚に異常があることを示す診断名。以前は、色覚の異常が高い順に、色弱や色盲と呼ばれていた。最近では、色覚多様性と呼ばれることもある。を理由に希望高校に入学できず、小学生でも受かる無線の資格に不合格を突き付けられる。不運である。しかし、彼は案外のほほんとしていた。

「自分に降ってきたものは、一旦、全て受け入れます。」

彼の人生の指針らしい。彼の挫折はそれだけじゃない。人生は、無慈悲につまらない悲劇を私たちに提示してくる。そのたんびに、我々は一憂一憂していたら全く疲れるだろう。彼の生き方には、学ぶ点が多い。

若き頃のQuuny

電子系の専門学生時代のインテリチックなQuuny氏


第二の挫折


Quuny氏は、体操選手になることを諦めたからとて、普通のサラリイマンとして甘んじるほど面白くない人間ではない。ラジオの組み立てといった、電子関連の趣味が嵩じて彼はエンジニアを志すように。

当時のエンジニア7)エンジニアとは、数学や科学を基盤とした実用的なモノを創造する工学に関連した技術者のこと。テレビやステレオといった電気機械の設計者からパソコンのプログラマーなどを指す。たるは、今よりもずっと先進的でカッコいい職業であったはずだし、何より現在と比してずっと情報が少なく、成れるのが難しい時代ではないかと思われる。

ついにQuuny氏は社会人になった。当時、ベンチャー企業という言葉が存在しなかった時代において、彼は出来立てホヤホヤなる小さな会社に入社する。彼曰く、「当時、新卒で小さな会社に入ることは普通のことではない」と述べている。

彼はやりたいことを追求するべく、今でいう“ベンチャー企業”に入社したってなわけだ。まったく、挑戦的な男である。

彼がやりたかったのは、オーディオの設計。しかし、不本意にも人事異動の命令が下された。

Quunyは絶望した。ハードディスクとは、パソコンの外部記憶装置のことで、要はパソコンの周辺機器を作れと言われたのだ。オーディオ畑で育てられた男が突如コンピューター事業に飛ばされる悲劇的状況を、Quuny氏はこう回想する。

「ありゃ、ただの人員削減、要は追い出されたのだ」

彼は涙をみせず、無い技術で必死に食らいついてみたが、無理なもんは無理である。読者諸氏もご存知の通り、オーディオとパソコンの内部構造の差異は霄壌しょうじょうの差8)霄壌の差とは、天と地の差ほど隔たりがあるということ。「霄」は空または天という意味で、「壌」は土壌の意味。である。Qunny氏はもがき苦しんだ挙句、退職を決意するに至った。

サウスカロライナ(Qunny氏による撮影)

アメリカ合衆国、サウスカロライナ州の風情ある街並み(Qunny氏撮影)


第三の挫折


職を失ったQuuny氏であったが、部下の誘いで別の会社へ再就職することに。

それも、アメリカで。

無い知識でパソコンの設計に携わったり、喋れない英語で海外で暮らしたりと、確かに人生は波乱ではあるものの、柳に風の如く、のらりくらりと受け入れ強く生きてきたQuuny氏。電気の設計9)電気の設計とは、電気回路を中心に電子機器の開発や検証等をおこなう業務。や営業のほか、何でもこなした万能屋であったためか、「国際救助隊」と呼ばれるなど上司の信頼が厚きこの男は、再び憂き目に出会うのであった。

リーマンショック10)リーマンショックとは、2009年、サブプライムローンの不良債権を多く抱えた有名な証券会社であるリーマンブラザーズの経営危機を背景とする、深刻化した金融不安や不況を指す。サブプライムローンとは、低所得者層に向けた住宅ローン。の到来である。

受難を経験して帰国したQuuny氏は、当時57歳であった。そのまま何もせず年金を受給するまでじっとしているのは面白くないと感じたのだろうか、彼は趣味のゴルフで仕事を押っ始める。11)Quuny氏は、クラブのメンテナンス業務などを始め、現在もこの業務をおこなっている。なかなかいなせな男である。

当時は既に2010年代。ネットネイティブ世代の若者どもがフリイランス12)フリイランスとは、フリーランスのこと。当サイトでの独特奇妙なる言い回し。サラリイマン(=サラリーマン)も同じ。として台頭し始め、リモートワークが少しずつ認識されてきた時分である。

そんな若年層に負けず劣らず、Qunny氏はネットを駆使してアレコレ手を出して、小ビジネスを展開したのだ。


「自由な生き方」を考える

Quuny氏の生き方は、有名人になれるほど大層ご立派かつ華やかなる経歴ではない。一つ一つ泥んこにまみれた、少し普通の人と違う、普通の人が歩んだ道々だ。しかしながら、見た目が華やかであることはモノゴトの本質とは関係がない。

彼の生き方を振り返ってみると、苦労の数々を努力で乗り越えたドラマティックな人生というよりも、困難の受け入れ方がものの見事である柳の木の人生であるようだ。

彼から学べることは非常に多い。そんな彼とコンタクトを取りたい方は是非彼のサイトにアクセスし、何か仕事を頼んだらよかろう。彼の弱点は器用貧乏なる特質であると思われるが、彼の器用さを上手に利用できれば大いなる利益を生むだろう。

サラリイマンもいいけど、
フリイランスもいいね。

 

 

 

 

 

 

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References   [ + ]

1. インターネッツとは、「インターネット」をオモシロ可愛く言った表現。2chと呼ばれる巨大匿名掲示板で「ここは酷いインターネッツですね」という言葉が成立した。
2. フリーランスとは、特定の組織、特に民間企業や機関に属さないで、個人が独立して商業を営む人々またはその職業形態を指す。自由業者、自由業職とも言われる。
3. Quuny氏が憧れていたオリンピック選手の名は遠藤えんどう幸雄ゆきおである。日本人選手として初の個人総合優勝を果たした英雄である。
4. 日体大とは、日本体育大学の省略で、体育専門の私立大学。同大学の有名な卒業生として、金メダル3個含む計7個のメダルを獲得した日本の体操オリンピック選手の内村航平が挙げられる。
5. 郡とは、明治から大正にかけて日本で実施された府県の下位に位置する地方区分のこと。現在も、人口が少ない都道府県において、小規模の町村がまとまって「郡」単位でゴミ焼却場といった公共施設の運営が行われている。また、人口希薄な地域で開催されるスポーツ大会では「郡大会」が開催される。
6. 色覚異常とは、色を判別する色細胞が一般の人より少なかったりして、色覚に異常があることを示す診断名。以前は、色覚の異常が高い順に、色弱や色盲と呼ばれていた。最近では、色覚多様性と呼ばれることもある。
7. エンジニアとは、数学や科学を基盤とした実用的なモノを創造する工学に関連した技術者のこと。テレビやステレオといった電気機械の設計者からパソコンのプログラマーなどを指す。
8. 霄壌の差とは、天と地の差ほど隔たりがあるということ。「霄」は空または天という意味で、「壌」は土壌の意味。
9. 電気の設計とは、電気回路を中心に電子機器の開発や検証等をおこなう業務。
10. リーマンショックとは、2009年、サブプライムローンの不良債権を多く抱えた有名な証券会社であるリーマンブラザーズの経営危機を背景とする、深刻化した金融不安や不況を指す。サブプライムローンとは、低所得者層に向けた住宅ローン。
11. Quuny氏は、クラブのメンテナンス業務などを始め、現在もこの業務をおこなっている。
12. フリイランスとは、フリーランスのこと。当サイトでの独特奇妙なる言い回し。サラリイマン(=サラリーマン)も同じ。